いただきますとごちそうそうさま

最近忘れているような気がするいただきます

日本人は子供の頃から当たり前のように「いただきます」と「ごちそうさま」を言う文化を持っています。

小学生の給食時にはみんなで手を合わせて「いただきます!」と大声で叫んでいた光景を今でも覚えています。

ごちそうさまはあまり記憶にありませんが…。

この当たり前に思える言葉を最近意識するようにしないといけないなと思うようになりました。

みなさんはちゃんと言えてるんですかね?

特に一人での外食時は会計時に「ごちそうさまでした」は当たり前に言うのですが、いただきますを言うのを忘れている気がしてなりません。

まあ、一人なんで手を合わせて心の中で「いただきます」でも良いとは思いますが、その心の中でも言い忘れている気がしています。

なので最近は意識しないといけないなーって本気で思ってます。

いただきますの意味

あえて言うまでもないですが、いただきますには

・食材の命をいただくことへの感謝
・作ってくれた人への感謝
・農家や漁師など関わった人への感謝

など感謝の気持ちが詰まっています。

僕は感謝をすることがビジネスでも生きていくうえでも人間の基本であると考えてますので、この「いただきます」を忘れると、ただの捕食、エネルギー摂取だけになってしまうと思うんですよね。

いただきますという感謝の言葉は日本のみだそうです。

他国にも似たような意味の言葉はあるようですが、感謝という意味ではないようですね。

韓国の「チャル モッケッスムニダ」が唯一いただきますに近い言葉のようです。

ごちそうさまの意味

この「ごちそうさま」も日本独特の色合いが強い言葉です。

もともと「馳走(ちそう)」とは、あちこち走り回って客のために食材を集めることを意味する言葉でした。

そこから「ごちそうさま」は、食事を用意するために手間暇をかけてくれてありがとうございましたという感謝の言葉になったと言われています。

・料理を作ってくれた人への感謝
・食材そのものへの感謝
・食事の終わりの区切り

この「ごちそうさま」も「いただきます」同様に感謝の意味が込められているのは日本だけで、一番近い意味を持つ言葉はこれまたお隣韓国の「チャル モゴッスムニダ」なようです。

ウチは子供4人いるのですが、特に三男と外食に行ったときの「ごちそうさまでしたー!」は店内に響き渡るぐらいの声量なので、店員さんも嬉しそうにしてくれます。

僕が店員だったら嬉しいだろうなーと。

そんな教育したつもりはないですが、ちゃんと感謝している証拠なのでしょう。

こういう当たり前を大人が忘れている

子供たちは義務教育で「いただきます」と「ごちそうさま」を教育され、若いうちはしっかり実践できているのに、社会に出ていくにつれ、感謝が「当たり前」になりつつあるのではないか?と思ってしまいます。

「お客様は神様」は作る側の言葉であって、食事を受ける側の言葉ではありません。

人生で何度か「こっちは客だぞ!」的なクレーマーに会ったときがあります。

鮮明に覚えているのが東京府中あたりのイタリアンレストランで、家族(当時は次男がまだベビーカーぐらいだった時だと思います)で食事を楽しんでしたときのことです。

隣の客(4~50代のおじさんとその奥様?)が空いたお皿を引こうとした若い女性店員にクレームをつけ、クレームをつけることで興奮したのかどんどんエスカレートしていき、店長が対応することに。

その要求はあまりにも理不尽であり、さほど悪くない店長が何度も謝罪しているにも関わらず「こっちは客だぞ!」という態度で他の客のことなどお構いなし。

その場の雰囲気を完全にぶち壊してました。

他人とはいえ、隣で聞いてると気分が悪くなり、僕が怒りでプルプル震えているの見た嫁が「父ちゃんやめといてよ」という言葉も聞かず、「お店は悪くないですよ」と店長に告げ、クレーマーを外へ連れつまみ出したことがあります。

「あんたの主張は分からんでもないが、他のお客さんまで気分が悪くなる。なんでも良いから金払ってさっさと帰れ」と。

まさか知らない客からそんなことを言われるとは思ってもいなかったのか、その頃の僕はまだ血気盛んな頃だったのかは分かりませんが、クレーマーはそそくさと退散していきました。

僕が言いたいのは武勇伝とかではなく「お客様は神様」の意味をはき違えた大人がいるということ。

子供のころは覚えていた感謝の意味を忘れてしまった大人がいるということです。

いただきますとごちそうさまのまとめ

経営者にもなれば「お金さえあれば何でもできる」と思ってしまう時期もあると思います。

実際にお金が無かった時を経験し、お金がなければできないことがあるということを身をもって経験しているからこそ、そう思ってしまうのでしょうね。

そう思ってしまう理由もある程度は理解できます。

ただ、何でもできると思い上がるのは感謝を忘れ、穢れがついた証拠です。

感謝を忘れた人に人はついていきません。
ビジネスも然りです。

ビジネスモデルありきのドライな商売をしているといつか詰まります。

そこには「人」が、「感謝」がないからです。

いただきますとごちそうさまという当たり前の感謝の気持ちを、50歳の今から、今一度見つめなおしていこうと思う今日この頃です。

熊倉 功夫氏、 江原 絢子氏著作「和食とは何か」より引用

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NAOTAKA HOSHINA
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