教育とは

子を育てるということ

僕が思う子育てについて少し書こうと思います。
僕は嫁のおかげで男男男女の4人の子宝に恵まれました。

2026年現時点で言うと21、18、16、10歳と一番上と一番下は11歳離れています。

僕個人も男男男女の4人の次男坊。
嫁は一人っ子ということもあり子供は沢山いたほうが良い!という願いが強く子宝に恵まれました。

本当はもう二人ぐらいほしいってぐらい子供が好きです。

街を歩いている際に、保育園児や幼稚園児のお出かけの列を見るとその可愛さに「ニヤニヤ」してしまう自分を抑えるのに必死です(笑)。

ってぐらい子供って本当にすごい存在だな~って思います。

そんなに子供が好きならさぞかし教育熱心なんだろうな?と思われがちですが、実は全くの真逆で、「子供の好きなことをひたすら見守る」タイプなんです。

それには僕の抱える「我家の歴史」の話をしなければなりませんが、かなりハードなのでなるべくオブラートに包みながらお伝えしようと思います。

星一徹より怖かった親父

僕の親父は元ドクターで58歳の若さでこの世を去りました。

とにかく怖くて厳しい「星一徹」が優しく思えるほどの親父でした。

親父は幼少期に弟(僕の叔父)と二人で剣道道場に通っていたようですが、当時はあまりお金に余裕がなかったようで、2人分の防具を買うお金がなく、親父は弟のために「俺は剣道は好かん」と嘘を言ってやめたそうです。

その想いがずっとあったのでしょう。

更に貧乏ながらも自力でドクターというエリート街道を歩んできた親父。

親父の価値観は「俺こそが絶対」でした。

そんな親父の元、僕は3歳から剣道を「習わされ」ました。兄も弟も妹も例外なく剣道を「やらされて」ました。

兄弟誰一人として剣道が好きではありませんでしたが、強制的にやらされてました。

嫌いなことをするってことがどれだけ辛いか?ってことを身をもって体感した幼少期でした。

たまに武道とか個人競技になるといるじゃないですか?やってる子供より熱くなっている親。

僕の親父の場合はそんな生易しいものではなく、プーチン大統領なみの冷静な目で僕を見ているのです。

あまりのプレッシャーに本来の実力なんて出せるわけがないです。

毎試合がサッカーワールドカップでPK蹴らされているような精神状態です。

ここまで話すと大体想像できますよね。試合で負けたらどうなるかってこと…。

そう、練習試合でも負けると完全に「お通夜」なんです。それが兄弟4人分…
となるとほぼ毎日がお通夜なんです。

全員勝って初めて普通以下の家庭ぐらいだったのではないでしょうか?

負けた日にはそれはもう言葉には出来ないぐらいの空気。まるで処刑台の上に立たされているような感じでした。

そんな幼少期から高校を卒業するまで、まるで某国かのような監視家庭で育ちましたが、僕も思春期になるとやんちゃになり、親父との衝突が時々起こるようになりました。

内容は想像にお任せしますが、実の親父に対して「このままだと〇される」と思い、自己防衛としての〇意を抱いたことが何度もありました。

今の時代だと完全にDVで監獄行きは間違いなしの暴力とメンタル破壊に耐え忍んだ18年間でした。

そんな親父も「医者の不摂生」とは良く言ったもので、58歳で若さでこの世を去りました。

嫌いだった親父。それでも育ててくれたことは事実であり実の親です。

さすがに葬儀の日には涙が出ました。

ただ、そんな僕の姿を見た弟からは「兄ちゃん、ごめん。おれは兄ちゃんみたいには泣けんわ」と言われた言葉を今でも覚えています。

自由とはこんなにも気持ちの良いことか?

僕は高校を卒業してから東京に行き、「自由」という権利の味を知りました。

「自由」とはこんなに心地が良いものなのか?住む家も自分で決めていいのか?失敗してもそのしっぺは自分に返ってくるだけで済むのか?兄弟に害が及ぶことはないのか?と…。

自由の味を嚙み締めた瞬間でした。
なので、僕は今でも自由を求めています。

ただ、自由とは権利と義務がセットになっています。この自由の意味をはき違えると権利だけを主張する輩になってしまいますので、仕事はもちろん、自分で選んだことに対しての義務は果たしているつもりです。

我が家の子育て法

そんな環境で生まれ育った僕は、子供たちに対し「俺も我慢したんだからお前も我慢しろ」という野球部のケツバット的な教育とは真逆の教育を行いました。

「好きなことを自分で見つけて好きなだけやりなさい。結局はそれが一番幸せだから」という教育方針です。

ただ、方向だけは間違わないように「こういう選択肢もあるけどどう?」的な感じで口を挟むことはありましたが、とにかく子供達とコミュニケーションをとり、承認することを第一に考え育てました。

結果、長男も次男も三男もサッカーにのめり込み、長男次男に関しては高校サッカーで全国大会まで出場することが出来ました。

三男坊はこのブログを書いている現時点では高校一年生なのでこれからです。

何よりも子供たちが何か不満や弱音を吐いたときに「自分が好きで選んだことでしょ?嫌ならやめればいいやん」っていう方針が、早い段階での子供たちの自立を促したのかもしれません。

サッカーチームのアンバサダーとして

僕は男3兄弟を育ててくれた中学サッカークラブチームのアンバサダーを兼任しています。

九州でも強豪の歴史あるチームのアンバサダーです。

ただ、僕の役目は戦略や戦術・テクニックといったサッカーそのものの指導ではなく、親御さんへのアドバイスや子供たちのメンタルケアがメインです。

中学高校年代のサッカー選手にとっての重要な要素はチームや指導者ではなく「親」なんです。

サッカーに限らず、親の教育で子供は右にも左にもいきます。

我が子への愛情がゆえに親は薬にも毒にもなる。
そして残念なことに毒に潰された子供たちを何人も見てきました。

そんな親の存在はチームとしても一番デリケートな部分です。

子供たちにはサッカーは教えれるけど、親が邪魔をする。
せっかく上手く育ってたのに、親の一言で潰れる。

そんな親御さんにはある程度の結果を出した3兄弟を育てた僕の存在が適任なのでしょう。

今でもいろんな親御さんから相談が来ます。
「こういう場合はどうすればいいですか?」とか「何を食べさせればいいですか?」とか根本にあるのは子供に対しての「愛」がある相談ですが、行き過ぎた愛は「毒」になります。

実はサッカーは特殊なスポーツで「瞬時の判断」を要求されるスポーツです。

パスを受けてから判断してては遅いんです。

パスを受ける前から仲間や敵の位置やコンディション。そして相手との駆け引きを0.01秒のスピードで判断するスポーツなんです。

状況判断をボールと足を使ってするスポーツなんです。

なので、上のクラスになってくると、テクニック・フィジカル・メンタルといった基礎的なものは持っていて当たり前で、その条件下で勝負を分けるのが瞬時の判断なんです。

なので日頃から「判断」をすることを癖付けておかないと試合では使われません。

あの子上手なのにいっつもベンチだな~って子はおそらく判断能力(サッカー用語ではインテリジェンスと言います)に欠けているんだと思います。

その判断能力は日頃の生活で培われるものです。

なんでもかんでも親が先回りし、「あれちゃんと持った?着いたら連絡してね」とか「なんであの時シュート打たなかったんだ?」とか言ってるといつまでたっても子供の判断能力が育ちません。

人生の最後まで親が判断してあげるという覚悟であれば話は別ですが、そんな人生を送る本人は幸せでしょうか?

教育論のまとめ

僕は子育てもビジネスでの教育も「愛の度合い」こそ違えど基本はほぼ同じだと思ってます。

山本五十六語録の「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」。

本質はこれだと思います。

子育ての場合は「させてみせ、ほめてやる」だけでもいいと思います。

僕は前職で福岡支社長になったときのことを今でも覚えています。

暗い環境の中、社員は自信を失っていました。
どうせ福岡支社なんて全国展開してますよっていう形を世間に見せているだけの存在で、赤字でも良いんだろ?という空気でした。

そういう空気には「やって見せる」ことが大切です。

ほら、やればできたでしょ?ってところを見せれば自ずと変わってくるんです。

人が変わる瞬間はスイッチが入る一瞬、その1秒です。

「人は1秒で変われる」が僕の教育方針です。

ガチガチに固めればミスは減りますがホームランは打てません。

この世の中で誰しもが平等なものは「時間」だけです。

アメリカの大統領の1秒も僕の1秒も周囲に与える価値こそ違えど同じ1秒です。

時間は有限。
一度しかない人生です。

子供がホームランを打つ姿を見たくないですか?

仮にホームランが打てなくてもフルスイングで三振して帰ってくる子のほうが僕は好きです。

ホームランは打つまでやれば良いだけの話ですから。

author avatar
NAOTAKA HOSHINA
上部へスクロール