育ての親、四万十川
僕は生まれは大阪の東住吉ですが、3歳までしか大阪にいなかったので大阪の記憶はほとんどありません。
かわりに4歳から高知県に引っ越し、宿毛市で約1~2年、その後中村市ですごした約6年間の記憶は今でも鮮明に覚えています。
高知県中村市には日本最後の清流ともいわれる四万十川(しまんとがわ)が流れています。
僕は5歳から10歳までの約6年間、この四万十川という大自然に育てられました。
プールなんか小学校にしかないので泳ぎはもちろん四万十川で覚える。
丁度中流あたりだったので、深いところはめちゃくちゃ深く、橋の下では小さい渦が巻いているほどでした。
そんな中流でも子供たちが遊べる流れが緩く、水深も浅い「溜まり」もあります。
四万十川には色んな生き物が住んでおり、手長エビや鮎、ウナギまで色んな生き物を捕っては母に褒められた記憶があります。
逆に我が家の晩ごはんは僕の「漁」に依存してたんじゃないか?と思うほどです(笑)
後から知ったことですが鮎は友釣りという方法で釣るそうですが、僕は川の中に石を並べて誘導し追い込んで網ですくってとってました。
今考えたらなかなか天才だな…と(笑)
僕の獲物を捕る武器はその辺で売ってる安い網と「プッシュリ」と呼ばれる銛と銃が合体したようなやつの300円ぐらいの安物。
本格的なスピアガンみたいなものではなく、銛の先が30センチほど飛び出るゴムで引いて打つ水中銃みたいなもんです。
そのプッシュリで手長エビなんて一日2~30匹ぐらいは簡単に捕ってましたし、ウナギも良く捕りました。
ウナギはエラの部分に「プッシュリ」を刺してもプッシュリ曲がってしまうほど力が強いので、プッシュリと網の二刀流で捕獲しなきゃいけないほどの獲物です。
また、川のウナギは比較的深いところにいるので深く潜らないといけないのですが、川の深いところってめちゃくちゃ冷たいんですよ。
ウナギを捕るたびに真夏なのに陸に上がってもガタガタ震えてました。
自然が教えてくれたもの
四万十川には色んなことを教えて貰いました。
生命・食料・水泳・そして自然の猛威。
台風とかで大雨が降ると四万十川も洪水状態になります。
土手の下1メートルぐらいまで濁流が襲ってくることもあり、上流から牛や豚が流れてくるのを何回も見ました。
いつもは川底まで透き通って見えるきれいな川がまっ茶色の濁流になって、木や生き物を飲み込んで流していく。
人間では到底太刀打ちできない自然の猛威をまざまざと見せつけられました。
しかし、子供というのは恐ろしいもので、好奇心が恐怖心に勝ってしまうんですよね。
好奇心と恐怖心
小学3年生のある日、友達2人と3人で橋の下の渦が巻いているところを泳いで渡ろうという話しになりました。
当然怖いです。が、何故かやれる気がした。
でも3人で一緒にわたって3人とも溺れたら助ける奴がおらんなってことになり、じゃんけんで一人ずつ飛び込むことに。
幸いにも僕は2番手でした。
川幅は2~30メートルほどですが、真ん中には渦っぽいものが巻いている。
さすがにあの渦は危険だろうということで渦を避けて泳いでわたる作戦で一人目のYが飛びこみました。
大人からは「あそこだけは泳ぐな。なにかに引きずりこまれる」と聞いていた魔の領域に小学3年生が挑む。
今考えたら無謀というか自殺行為です。
頭から飛び込んだYが水面に顔をあげた瞬間。
こっちを向いて何かに引き込まれるかのように溺れているんです。
これはやばいと思い、その辺に落ちてる倒木とかを投げ込むもどんどん下流へ流されていく。
持っていた縄跳びを二本繋げて投げるも全く届かず。
さすがにヤバいと思いました。
ごめん、俺のせいやって。
その時です。
叫んでいる僕らに気付いた対岸にいたお兄さんたちが数名(たぶん3人)服を脱いで飛び込んでくれて、猛烈なスピードでYに接近し、一瞬でYを抱えて陸に上がってきてくれたんです。
何が起きたのか分からない。
ウルトラマンや…。本当におったんや…って。
放心状態のYと僕ら。
とにかくYが生きてるってことに感動して抱きつきました。
よくよく聞くと近くの高校の水泳部のお兄さんたちでした。
お兄さんたちからは「たまたま俺らがおったからよかったもんの、俺らがおらんかったら死んどるけえの。俺らでも怖いんやぞここは。ここで泳いだらいかんが!」って怒られました。
恐怖が恐怖を生む
そんな無茶苦茶なクソガキの四万十川時代。
まだまだ無茶苦茶なエピソードはありますが、動物との話をしたいと思います。
僕の家の裏には為松(ためまつ)山というあまり大きくない山がありました。
今はあるかどうかは分かりませんが、当時はその山頂に公園に併設された無料の動物園がありました。
そこは動物園というほどのものではなく、飼育されていたのはテナガ猿1匹とクジャク数羽、猿数匹とツキノワグマ1匹ぐらいです。
週に2~3回は遊びに行っていたので飼育員のおっちゃんとは仲良しで、いつもおやつをもらってました。
そんなおっちゃんから「テナガには絶対に手は出すな。手を握られると手が潰されるぞっ」て忠告されてました。
事実、テナガ猿はその名の通り手が長い。
さらにずっとぶら下がってるので握力が半端ないらしいです。
が、週に2~3回通う僕と彼(テナガ猿)はもはや顔なじみの仲良しで、僕が公園に近づくと気配を感じるのか「ホーホーッ」って吠えるんです。
いつもこっそり柵越しにミカンとか柿とかあげてたんで、すっかり仲良しで普通に握手してました。
おっちゃんもそれにはびっくり。
あいつは警戒心が強いのに坊主には心を許しとるな~って。
そしてもう一匹。ツキノワグマとも大親友で、おっちゃんの目を盗んでは檻の前の柵を越えて入っては、ツキノワグマの首の白いところをなでなでしてあげてました。
撫でられると猫みたいに嬉しそうにゴロゴロ転がるんです。
すごくかわいかった僕の友達たちとの思い出です。
自然という神
そんな自然の中で育った僕は、今でも周りに緑がないと落ち着かないんです。
道を歩いていたら普通にマムシがいるような環境で育ったせいか、悪さをして親父に外に追い出されたときも山の中や四万十川のほとりで一晩明かすとか楽勝でした。
山では椎の実があれば腹は減らないし、川には火さえあれば海老がいるので何とでもなる。
蚊には刺されるけど鬼のような親父といるより山や川のほとりで一人で寝るほうが何倍も気が楽でした。
ある日、やんちゃが過ぎて結構高い木から落ちたときに、〇玉の真横からお尻まで木が突き刺さって貫通したこともありましたが、奇跡的に内臓の合間を潜り抜けていて命拾いしたこともあります。
ただ、その木を自分で引っこ抜いたもんですから家にたどり着く手前で出血多量で死にかけましたが(笑)
そう考えると、あの時も山の神が守ってくれてたんだろうな~って思います。
Yが川で溺れたときも同じく。
荒れ狂う濁流も川の神が怒ってたんだろうなって。
ダイダラボッチじゃないですが、自然には間違いなく神がいます。
そういう環境で育ったおかげで今の僕がいる。そして息子たちがいる。
そして皆に会えていると思うと僕は一人で生きているわけじゃないんだなってことを思い知ります。
人は一人では生きられない。
悪い奴もたまにはいるけど、それはたまたま穢れがついているだけで、元は神に見守られて育った子のはずです。
そう考えて生きたほうが楽しくないですか?
仕事で疲れてストレス溜まったら自然に触れることです。
暇があったら高知県の四万十川に行ってみて下さい。
あの川の壮大さに触れると穢れが落ちると思いますよ。
ということで僕の自然との話は終わりがないのでこの辺で終わりにします。
長文にお付き合いいただきありがとうございました。